月夜見
 残夏のころ」その後 編

    “イートインにて”


そういや一人暮らしなんてのは初めてで。
生活に要るだろうあれこれを揃えていて一番驚いたのは、
洗剤やシャンプーとかいった
日用消耗品の“レギュラーサイズ”が異様に小さかったこと。
普通一般のスーパーやコンビニを回ったせいもあったけど、
2、3日入院しますとか、
旅行に行くんで携帯用に…とかいうよな
間に合わせ用のコンパクトなサイズしかねぇのかと思ったほどだし。
テーブルサイズの醤油やオリーブオイルなんかも、
そりゃあ小さなボトルばっかで、
ままごと道具かこれ、何ふざけてんだとか思ったくらいで。

 「そかー。
  オレは逆に、サンジの爺ちゃんの家に行ったら
  何でもデカイからそりゃあ驚いたもんなぁ。」

そうなんだよな、
ジジイのレストランで働いてる若いのも
ほぼ全員、一緒くたに寝起きしてる家だったからなぁ。
つか、営業中以外にも、
仕込みや準備、後かたづけっていうのに時間が掛かるのが
食いもの商売には避けられねぇもんだから、
店の裏側がまんま生活空間っていう直結ぶりで。
しかも男ばっかだったから、さながら男子寮みたいな様相だったもんなぁ。
そんな関係で、洗濯洗剤もシャンプーの類いも、
特別な好みがあるならともかく、
風呂や洗い場や洗面所に全員で使う“共用”のを置いてたから、
普段使いのボトルも、補充用の詰め替えも業務用のデカイのが当たり前。
厨房ではそれこそ“業務”なんだから、
調味料や小麦粉なんかは やっぱりどどんとでっかくて当然だったから。

 「うわ、こんな小っちぇ鍋で何作れって?って思ったよなぁ。」
 「…サンジ、それって牛乳温めるヤツだろが。」

それはさすがに、オレも小さいと思うぞと、
せいぜいヒシャクの親玉くらいという大きさのミルクパンを掲げた従兄殿へ、
カウンターのスツール席についてたルフィが“おいおい”という顔になる。
小じゃれた内装、インテリアもあか抜けてる此処は、
ルフィがバイトしている青果直販の“レッドクリフ”のご近所に出来た
輸入家具と雑貨を山ほど揃えた大型家具センターの、
1F部分にあるイートイン・カフェで。
カウンタータイプのキッチンの
モデルタイプという格好で設けられてはいるけれど、
どっちかといや、
広大な店内を歩き回ってお疲れでしょうという
休憩所を兼ねた喫茶店のようなもの。
使う食器やランチョンマットなどなどは、
店内にあるのを使うことと、

 「あんまり匂いの強いものは作ってくれるなっていうんで、
  コーヒーの焙煎もご法度なんだな。」

 「じゃあ豚キムチもNGだな。」

 なにお前、キムチ食えるようになったの?
 寿司なんか随分長いことワサビ抜いてたのになぁ。
 バーガーやサンドイッチも、
 マスタード抜いてくださいのクチだったしよ。

 うっせぇなっ。/////////

子供扱いすんじゃねぇよと、ふわふかな頬を膨らませ、
見るからに真っ赤になったルフィだったが、

 「別に悪いこっちゃねぇさ。
  あんま過剰に辛いもん食べてると、舌がバカになるからな。」

手が空けば煙草をふかす彼が、そんなことを言う。
単なるバイトどころか、一端の料理人。
祖父が立ち上げて経営する店、
表向きには無名だが、
実はひそかに有名な絶品料理を出すことで知られている
神奈川の大きなレストランにて。
物心付いたころから入り込み、
バイトも兼ねてずっとずっと修行を積んでた彼だったが、
専門学校も出てさあ正式に雇ってもらおうかと持ちかけたところ、
世間知らずは雇えねぇとあっさり断られたのだそうで。

 『えーっ? 嘘だろ?
  爺ちゃん退けたら一番上手なのにか?』

オムライスも骨つき肉のソースかけて焼いてあんのも、
肉がすぐなくなる不思議シチューも、
どっから食ってもカニがあたるクリームコロッケも、
とろけたチーズが濃くてうんまいし、
中のチキンライスもしっとり旨うんまいドリアも、
中のといや、中の豚ロースが肉汁一杯で、
パン粉の衣もちょうどいい香ばしさで揚がってて
凄げぇ合ってて絶妙なトンカツも、

 「あ、いかん。何か口の中が大変なことに。」
 「おら、これで間に合わせな。」

話を聞きつつの片手間で、なのに
揚げたてカツをいい風味のソースで挟んだカツサンドが
ほいと…作り置きのようなノリで出てくる手際のよさよ。
揚げたての出来立てなればこそ、
一緒に挟んだレタスも、シャクシャクという歯ごたえが
カツの衣のカリリ・サクサクに調和していい相性だし、

 「美味んめぇよなぁ、うんうんvv」

俺としては、サンジがこんな近所にいるのが凄い嬉しいと、
食いしん坊で、しかも舌も肥えてる坊ちゃんが、
フフーvvと満面の笑みで言うのだけれど、

 “まあ、俺としても助かるこた助かるわな。”

本人には自覚がないらしいが、
父方母方、双方の親戚じゅうから
そりゃあ可愛がられている秘蔵っ子のルフィさんなので。
例えば、此処で使う野菜は、良質のがしかもお値打ちで
“レッドクリフ”から仕入れられているのだって、

 『まあ何だ、
  それとなく相談相手になってやってくれると助かる』

店長でもある叔父さんから、
そんな言葉添えをいただいているからだし。
同じとは言いがたいが、
それでも食べ物関係の大御所銘菓店“銀嶺庵”の先代も
ルフィをそれはそれは可愛がってる御仁なせいか、
特別な葛粉だの砂糖だの、言えば二つ返事で融通してくださりもするので、
クリスマスやバレンタインデーの特別スィーツを凝れもした。
そういったコネも美味しいその上、

 「あら、ルフィちゃん来てたんだvv」
 「やん、バイト帰り?」

 「おお。」

どういうワケだか、この坊や。
異様なくらい女運がいいというか、引きが良すぎで、
このセンター内の女性スタッフ全員が、
既に顔と名前を知ってるほどに、
マスコット扱いされてる勢いだし、

 「そうそう、グランツのバイヤーさんが、
  夏の水着のイメージモデルやらないかって言ってたわよ?」

 「えー? だってあそこって女子用のしか置いてないじゃんか。」

…と、頬っぺ膨らませて言いつつも、
そこで水着だと思い込んで買ったところの、
パーカーとタンクトップつきの海パン(…)、
実は水際向け遊び着を結構重宝してたくせによ。(笑)

 「…あ、何だよ、サンジ。
  思い出し笑いはスケベのするこったぞ?」

レディの前とはいえ、
そんな単純なご指摘に焦るような青二才じゃあないからな。

 「何言ってるかな。
  思い出す蓄積がある大人だから やれんだよ。」

 「ぶーっ。」

即妙には言い返せぬか、
カッコつけんだもんなぁと膨れる様子へお姉様たちが沸いたところで、

 「……お。」

待ち合わせのお相手が来たらしく、
飲みかけのミルクティーを急いであおると、スツールから飛び降りる。
外からも直接(チョク)で入れる作りの一階部分であり、
街道沿いに面してガラス張りになってた側から、
やって来かけたのは、上背のあるシルエット。
そいつへおーいと手を振ると、

 「じゃあな、サンジ。」

脱いでたジャケットを手に立ち去りかけて、だが、

 「あ、そうだ。」

忘れてたと、そのジャケットのポッケをまさぐると、
これやると言って、
くしゃくしゃになりかかりの小さな紙の包みを差し出す彼で。

 「何だ?」
 「だって、誕生日じゃんか、サンジ。」

あらと、居合わせたお嬢さんたちがお顔を輝かせ、
おめでとうと声をかけてくれるのは嬉しいが、

 「大したもんじゃねぇけど、役には立つぞ?」

いかにも良いものだと言い、今度こそ“じゃあな”と、
シフトがずれてたか今やっと上がりだったらしい剣道青年の元へ
駆け寄ってった小さな王子だったが、

 「………何だこりゃ。」

何なにと興味津々でのぞき込むお姉さんたちの前で、
どらと開いた包みに入っていたのは、

 スタッフ証を入れて首から提げる、
 あのストラップ一式と、
 そこへとはやばや差し込まれてた、
 へべれけな字で“1年間有効”と書かれた、
 いかにもお手製の“何でもやってやる券”5枚のセットだった。


 
HAPPY BIRTHDAY! TO SANJI!



     〜Fine〜  14.03.04.


  *お誕生日のお祝いでも、
   喪中の年内に“おめでとう"って言っていいものかなぁと思って
   ちょこと逡巡してましたが、
   元日の賀詞ではなく、しかも四十九日の喪が明けているのなら、
   そこまで考え込まなくてもいいそうです。
   (迷う時点で微妙なのではありますが…。)う〜ん

   ただ、お相手があることで、
   しかもそういうのを気になさる人ならば、
   そこはやっぱり遠慮した方がいいそうです。
   何だ軽薄だなとお気に障った方がいらしたなら、
   本当にすみませんでした。


ご感想はこちらvv めーるふぉーむvv

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